Warriors of the Rainbow




『虹の戦士』


本書より引用


「虹は、すべてのもののなかにおられるあのおかたからの

メッセージなのだ。

すべての人間がひとつの家族のようにつながることとを、

虹は教えている。

さあ、あの山の頂にお行き、わたしにつながる愛しい者よ。

どうやったら虹の戦士になれるか、

行け、

行って学ぶがよい。

愛と喜びをみんなの間にひろげることだけが、

この世界の憎しみを理解と優しさに変えることができる。

この世からいっさいの戦争と破壊をなくすために、

残された道はもはやそれひとつしかない!」







アクエサスネ・モホーク・ネーションのセント・レジス・リザベーションのなかに立つ

「トム・ホワイトクラウド」という名前のひとりのネイティブの墓に刻まれている

祈りの言葉(本書より引用)



おお父よ、わたしはあなたの声を風のなかに聞き、

あなたの息はこの世界中のすべてのものに生命を与えています。

お聞きください。

わたしはあなたの前に、あなたのたくさんいる子供たちのひとりとして、

今、立っています。

わたしは小さくて弱く、あなたの力と智恵とを必要としています。


どうかわたしを、美のなかに歩ませ、

なにとぞこの眼に、赤と紫の夕陽をお見せください。

この両手が、

あなたの創られたものを、尊敬させるようにしてください。

この耳を、

あなたの声が聞こえるように、鋭くしてください。

そうすればきっと、あなたがわたしの一族に与えられた教えを、

一枚一枚の木の葉や、

ひとつひとつの岩のなかにあなたが隠された教訓を、

このわたしも、理解するかもしれません。


父よ、わたしは力を求めています。

偉大なる敵と戦うことができるようになるための力ではなく、

その力で、汚れのない手と、濁りのない眼をもって、

わたし自身があなたのもとを訪れる準備をさせてください。

もしそれがかなうのなら、

日没の太陽が姿を消すように、わたしの生命が終わりを迎えたとき、

いささかも恥いることなく、

わたしのスピリットはあなたのもとを訪れることができることでしょう。





ビー・ア・グッド・インディアン --- あとがきにかえて 北山耕平 本書より引用


日本列島でいわゆる「アメリカ・インディアン的な生き方」が主流だった時代は、

俗に「縄文時代」などといわれている時代である。

狩猟採集であれ、農耕であれ、その間、日本列島のインディアンたちは

「地球の守護者」としての生き方をとりあえず守り続けた。

この時代は、軽く五千年から数万年は続いたとされる。

弥生時代になってから現代までのたった二千五百年ほどの間に、

日本列島のインディアンたちは異なった生き方を選択して日本人になっていった。

日本人になるのと引き換えに、一切の神話や伝承や古代から伝わる儀式などは失われたと見ていい。

われわれは、縄文時代の記憶を喪失した。消されたのかもしれない。

巨木の森に覆われていた弓の形をした列島から、まず木々が姿を消していった。

そして矮小化された自然を自然とする生き方が醸し出されていく。

虹はまだ見えるだろうか? 

中国大陸と朝鮮半島と北部九州にまたがる海洋国家を構成していた「倭人」たちが、

混血と陰湿な差別を巧みに利用することで「日本人」をつくりだし、

自らそのうえにのっかかっていったと想像される。

日本は、アメリカと同じように、あらかじめ国家として建国されたようだ。

日本人はどこからかやってきたのではなく、日本列島においてつくりだされた。

神話は捏造され、わたしたちは、別の生き方を選択し、母なる日本列島、

母なる地球という概念を喪失した。

わたしたちはインディアンであることをやめ、インディアンであった自分を卑しめおとしめ、

日本人であることをトレーニングされることで日本人になっていったのかもしれないのである。

かつて公民権運動華やかなりし頃のアメリカでは、黒人たちが、

しばしば「白人のように考える黒人」のことを、

「外側が黒くてなかが真っ白」として「オレオ(クッキーの商品名)」と呼んだように、

インディアンたちは「白人のように考えるインディアン」のことを

「外側が赤くてなかが真っ白」として「アップル」と呼んでいた。

南太平洋では「外側が茶色でなかが真っ白」として、その手の人間のことは「ココナッツ」と呼ばれた。

日本人はさしずめ「外側が黄色でなかが真っ白」な「バナナ」かもしれない。

しかし最近ではこうした言い方を耳にすることはあまりなくなりつつある。

地球上に点在して、いまだに先史時代からの英知を守り続けてきた先住民たちが、

互いにコミュニケーションをとりながら情報を交換する時代が到来しつつあるからだ。

ローリング・サンダーが「重要なのは血ではなくて生き方だ」と喝破したように

「人びとはそういう生き方をするように、それのみがただひとつのリアリティだと

信じ込むように、徹底的に訓練されている」のである。

1960年代にはじまった人間性回復運動がもたらした最大の恩恵は、

われわれはもし望むなら生き方そのものを変えることができるという確信だったと思われる。

自分たちが持ち続けた世界観の限界を超えた物の見方の力を借り受けることによって、

われわれは自分たちの生き方をもっと意味あるものへと押し上げることも不可能ではない。

もう一度、日本列島と呼ばれる弓の形をして連なる島々の上に、

大きな虹を見たいものではないか。

アメリカ・インディアンの生き方を学ぶことで、わたしたちなら、

ひとりの地球に生きる人間であるとはいかなることかを学びなおすことができる。

えられた人生に恐れをもたずに立ち向かうこともできるだろう。

弓の形をした島で生きる良きインディアンであれ。










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by iroha525 | 2014-12-03 13:13 | 気持ち