月命日の日に。

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義父ちゃんの月の命日でお墓参りに。

いちりんの十薬のかわいい花を見つけ
ぶつぶつ言ってると、トンボが一匹、私の顔の前でホバリング。
ぉおー!久しぶり~!来たよ~とーちゃん。来たね~とーちゃん。と
主人も、久しぶりだなぁー!と納得する時間…を経て
最後にお地蔵様に挨拶したのでした。

その帰りに義母ちゃんの様子伺いに行くと、
『買い物行きたい!連れてって!』と、いつもの…
遠まわしに言ってるつもりで、ちっとも遠まわしでない言い方をし始めたので、
『じゃあ、わたしは、留守番してるから、二人で行ってきて~♪』と言ったら、
喜んでるんるん出かけて行ってくれたのでした。
(義母ちゃんは、この?私から見ても、滅茶苦茶かわいい人なのです。)

そこで・・・
この誰もいない間に、ずっとしたかったこと、しちゃおー!と。

それは、いつも今頃の時期は、廊下の窓を網戸にしていて、
そこへ私が、『きーたーよー!元気だったか~い♪』とジャンプしながら顔を出す…
すると、汗拭きタオルふりふり片手にニコニコしながら、うんうん、と
頷いてる義父ちゃんが座ってた同じ場所に座って、
どんなふうにそこからの景色を眺めてて
どんなふうにいつも私たちを待っていてくれてたかの想像をすること。

(私は、義父ちゃんが、なんだかんだあっても大好きで。
初めてのご挨拶!のときに強烈なひとことを言われ驚きのあまり4年ぶりに泣いたにもかかわらず(笑)
隣で直立不動の主人の顔が面白すぎて泣いたカラスがすぐ笑ってしまったというのから始まるー
主人が行かなくても一人で主人の実家に行ったりしてて、それこそ勝手に?懐いてたという。)



…静かな部屋にデーン!と、その場に座り窓の外を眺めはじめます。

義父ちゃんの懐かしいニコニコ顔、声が次から次へと流れてきます。



なんで、大好きな人ほど、いなくなっちゃうの。
そう思うほどに、私は、義父ちゃんとも縁があったんだと。
だから、私たちを待ってたかのように、転勤から戻ってきて1ヵ月過ぎないうちに、
突然入院することになって8ヶ月で逝ってしまった…
本当に、これでもかという体験の連続で、、、
看病というには…申し訳ないけれど、
それでも、毎日のように義父ちゃんが居る病院に通い、気が付けばキーパーソン。
・・・母が祖父母にしてきたのを見てきたから当たり前というのとは、まったく別として、
さらに、また違う感覚も含めて。
それでも、義父ちゃんの生き様と死に様を見せてもらえたこと。
最期に立ち会わせてもらえなかったことだけが、
いまだに忘れられず、割り切れない、この今の感情にも理由があることで。

あの日、お礼なんて言われることでもないのに、
1週間待たされた葬儀の数日後、最後に病院に呼ばれた日。
ある看護師さんに肩をトントンされて、お疲れ様だったねっ。ありがとうって言われて、
なんだか、どうしようもなくなってしまったことにも。
でも、それが、次へ進む勇気のひとつにもなってると。
割り切れないからこそ、進んでると。



月命日。。。
義父ちゃんが居なくなってから、毎月欠かさずお参りに行く、行ける。ということは、
お墓は、残されたもののためにあるということ、勘違いしてはいけないなって。
そして、それだけではないということ。


何もない人は、いないー!と啖呵切った自分の声でびっくりして目が覚めた夜。
みんな何かある。でも、同じようなことが自分の周りで手を変え品を変え
繰り返されるということは、
あなたは、まだ理解できてないって言われてる…気づきなさいよ!ってこと
・・・・・ほんとに。

まったくもって、すべてが出来すぎ、つながりすぎ、よくできてるものです。

買い物から帰ってきた主人は、私を見て気づいていても敢えて無視。
義母ちゃんは、買い物できて、るんるん♪よかったねぇ~♪
よかったよかった♪わたしも、よかったよ。いい時間をもらえました。



いっぱいの祈りと浄化と感謝をこめて。








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by iroha525 | 2014-08-03 06:09 | 気持ち